あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

スペシャル



『記憶そのいち』


 明日は、なにをして遊ぶ?


 あの場所での遊びなんて、考えるまでもなく無限だ。木の下のやわっこい土をほれば、カブトムシの幼虫がわんさか。
川原でなるべくひらたい石を拾って、水きり。松の葉っぱで相撲をして、だるまさんが転んだもいい。
 色鬼はイマイチかもしれない。山ん中でする色鬼は、緑と、茶色と、灰色ばっかりだ。他の色は、どこにある?

 ──ああ、あの色が。白がある。彼女がいつも着ているワンピースの白。

 でも、その白は。風呂場のタオルクラゲみたいにふわり、一瞬の空気をはらみ、そしてぐんぐん藍に変わっていくんだ。

 あの場所から、白が消えても。


 明日は、目の前でたったいま消えていく白のかわりに、自分が白いTシャツを着ていこう。ぼんやりと、そんなことを決めた。



 『じんたん』


 夏の終わりのだらつく暑さ、だらだら伸びた前髪が瞼のあたりを刺激する。二日風呂に入っていない、汗とあぶらの染みた毛先にねとっとした感触を感じるから、小さく苛立って輪ゴムでとめる。

自らの精神世界にダイヴし、巣食う七つの大罪、そして八つめの未知の欲望と戦う……なんて中二の寝言じみたテレビゲームに、俺はすでに百五十六時間を費やしていた。

 女性器をわかりやすくデフォルメした《色欲》は、くぱぁくぱぁと開いたり閉じたりを繰り返す。そいつらを片っ端からさくさくと殺し、ついでにさくさくと時間を──高校一年の夏を、浪費していく。

 くぱぁくぱぁに蝉が鳴く、暑い。

 なんて露骨なデザインだ。モニターにどどめ色のくぱぁ。中心から奇妙な汁をはきだすくぱぁ。風呂に入っていない自分を棚にあげ、きたねぇな、と思う。見苦しい存在は、片っ端からマシンガンで撃ちまくって──。


「じんたん、これってルージュラ?」
「ルージュラじゃねぇよ」
「でも、唇ぶっといよ? なんか、ルージュラの《はとこ》っぽいけど?」


──じんたん。
 その甘ったるい声は、俺が自家生産した汗あぶらよりもずっと強力に、べったりと皮膚にはりついてくる。

「はとこって、どういうことか知ってるじんたん。あのね、おじいちゃんのいもうとのね、こどものこどものね、だからめんまにしたらキーくんなんだけどね!」
「…………」

──たぶん、俺は、腹が減ってる。
暇やら空腹やらの隙間があるのは、非常によろしくない。余計な感情が、その空白にむりくり入りこんでくるから。こんな時は……。


「……塩ラーメンだな」
「わあっ。塩ラーメン、めんまも食べるぅ!」

―続きは『ダ・ヴィンチ』2011年3月号にて。

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